Enjoy A New Island

ボーイミーツガールを研究するブログのような何か

落ちもの系というパターン

落ちもの系ボーイミーツガール

ボーイミーツガールには出会いが必要だと以前書いたが、この出会いのパターンとしていわゆる落ちもの系がある。

落ちもの系とは

トーリーの導入部分において、平凡な主人公のもとに魅力的な異性が突然現れるところから物語が始まるというもの。

その後、しばしば主人公と同居することになる。

この偶発的な出会いは「まるで空から落ちてきたかのように」発生するものであるが、宇宙人や神、悪魔、天使、魔法使い、未来人など異世界の住人が「実際に空から落ちてくる」場合が多い事に由来する命名である。

ボーイ・ミーツ・ガールの派生パターンのひとつであり、恋愛を基調とするかそれに類する要素を含むものである。
主体性の乏しい主人公が好んで描かれるようになった傾向[いつ?]に合わせて頻繁に用いられるようになった。

評論家によれば、ライトノベルにおいてこの手法が用いられた典型的な作品として、おかゆまさきによる『撲殺天使ドクロちゃん』シリーズ(2002年初出)が挙げられている。wikipediaより引用)

とのことである。

 

wikipediaには例として作品がいくつか挙げられていたが、その中で一番古い作品は『うる星やつら』であった。

僕としてはてっきりこの言葉は『天空の城ラピュタ』に由来するものだと思っていたので意外である。(しかし、ラピュタの影響でこの言葉がつけられたという可能性もある。僕はそれを支持したい。)

 

落ちものの効果

落ちものという手法を使うとどのような効果があるのだろうか。

 

ボーイミーツガールにおいて重要となるのは出会いである。

話の掴みにあたる部分であり、ここをいかに魅力的なものにするかに悩む人も多いのではないだろうか。

そんなあなたに落ちものという手法は効果を発揮してくれる。

天空の城ラピュタ』の「親方、空から女の子が!」というセリフはあまりにも有名である。

それ以外の登場方法にせよ、いきなりのガールとの出会いはそれだけで印象強く作用する。

話の掴みである出会いのシーンで落ちものを使うとその出会いにインパクトを与えてくれるのだ。

 

落ちものの効果は他にもある。

突然ガールがやってくる、その点に疑問を生じる人もいるのではないだろうか。

どうしてやってきたのか、と。

この「どうして」は話を広げるのに役に立つ。

その点、ラピュタは上手である。

どうして落ちてきたかを事前のシーンでうまく描いている。

そして、それがその後にも有効活用されているのだがここではその説明は割愛させていただく。

 

要するに落ちものを使う利点は

・出会いのシーンにインパクトを与える

・落ちてきた理由から話を広げられる

である。

 

 

……ほら、こうなった。インプットの足りなさをまざまざと実感させられる。

 

とある飛空士 is kill

今回の収穫

手持ちのボーイミーツガール作品のストックが尽きてきたので、本屋に行って調達してきました。

収穫は2冊。

どっちも100円、安い、古本屋様様。

で、何を買ってきたのかというとタイトルの通りです。

とある飛空士への追憶』と『All You Need Is Kill』ですね。

両作品とも名前は昔から知っていました。

前者はラノベの名作として、後者はハリウッド映画の原作として。

両作の共通点はどちらもライトノベルであるというところでしょうか。

ボーイミーツガールものは一般よりもライトノベルのほうが圧倒的に多いですね。

ネットで調べてみるとライトノベル=ボーイミーツガールみたいに論じている方もいて、それはどうだろう? と思ったり。

こんなブログをやっていながら、僕自身大した数のボーイミーツガール作品を嗜んでいるわけではないので、あまり人のことは言えませんが。

一般ものでもボーイミーツガール作品はあるんでしょうが、なかなか見つかりませんね。

さて、今回手に入れた作品は後で記事にする予定です。

今は圧倒的にインプットが足りないので、こうした雑記以外は「〇〇とボーイミーツガール論」といった記事を作るくらいしかできないのです。

本当なら「ボーイミーツガールにおける出会いの類型」みたいな記事も書いてみたいんですけどね、今の僕では落ちもの系とそれ以外としか言えない。

 

今回はこんなところで。

夜は短し歩けよ乙女をボーイミーツガール的に分析する

はじめに

本作『夜は短し歩けよ乙女』は山本周五郎賞を受賞し、また本屋大賞2位にも選ばれた作品である。

そして、最近になって映画化され注目を浴びている。

そんな時期にこうして映画版ではなく原作小説のほうをボーイミーツガールとして論じるのはいささかずれていると思えなくもないが、やってみたいという気持ちが勝った。

映画の感想やレビューといった記事は他の方にお任せして、本記事では小説のほうをボーイミーツガール的に分析してみようと思う。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 
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涼宮ハルヒの憂鬱をボーイミーツガール的に分析する

日常的非日常的ボーイミーツガール

涼宮ハルヒの憂鬱』をいつかボーイミーツガール的に解体したいと思っていた。

このシリーズは『憂鬱』後も続くが、ボーイミーツガールとしては『憂鬱』で完結しているのではないかと思われる。

今回、ゴールデンウィークということでこの機会にと考え、『憂鬱』を自分のボーイミーツガール論に沿って語ろうとした。

以下はそんな試みをしようとした記録である。

なお、アニメではなく原作小説をもとに書いている。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

 
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けものフレンズ第1話をボーイミーツガール的に分析する

王道

けものフレンズはアニメ界に衝撃を与えた。

だが、それについては他の方がいくらでも論じているはずなのでここでは語らないことにする。

僕としてはけものフレンズが受けた理由に、今時見ないような王道なストーリーが受けたというのがあると思っている。

王道なストーリー?

そう、王道と言えばボーイミーツガールである。

さて、けものフレンズは果たしてボーイミーツガールなのか?

これに関してはいろいろな意見があると思うが、僕としてはボーイミーツガールであると思う。

かばんちゃんとサーバルの「出会い」、図書館を目指す旅路の中での様々な「イベント」、それに伴う二人の「信頼関係の構築」など、ボーイミーツガール要素が多分に含まれているからだ。

今回はそんなけものフレンズの第1話をもとにボーイミーツガールを論じてみたいと思う。

 

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86がすごい気になっている

86

86―エイティシックス― (電撃文庫)

86―エイティシックス― (電撃文庫)

 

どうやら7万部突破したということで。

この作品が単純にすごいのか、それとも電撃文庫が強いのかはともかく話題作。

ボーイミーツガール(ガールミーツボーイ)らしいので気になっております。

表紙からしてBMG要素匂わせてる。

そこまで自分の中で強く買いたいと思っていた作品ではないので古本屋落ちを待っていたが、こういったブログを始めるにあたって買っとくかー? という気持ちが生まれつつある。

試しに解体してみて

前回の記事で『狼と香辛料』をボーイミーツガール的に解体してみて思ったのが、狼と香辛料をボーイミーツガールとしてとらえるとさほど強い作品ではないということだ。

これは自分が新刊を追いかけているときから思っていたことだが、『狼と香辛料』の魅力はロレンスとホロのイチャイチャっぷりにある。

そこに巧みな会話が加わって、何とも言えないニヤニヤを生み出すのである。

これから読む予定の人は経済はおまけで二人のやり取りをメインに楽しもうと考えるくらいがちょうどいいと思う。

というかそう思っておかないと多分5巻あたりで脱落する。

狼と香辛料をボーイミーツガール的に分析する

ボーイミーツガールという観点から見る狼と香辛料

狼と香辛料という作品がある。

どんな作品かはこのページを見に来た人なら知っていると思うので省略する。

知らなければwikiを見るか1巻を買ってみるかしてほしい。

さて、この作品は経済の話でもあるが、ボーイミーツガールものとしても見ることができる。

1~17巻で話は一応の完結を見せているが、これをボーイミーツガールものとして見るときに17巻分を一つにしてボーイミーツガールものとするか、1巻だけをボーイミーツガールとするかは議論が分かれるところだろう。

だが、まず間違いなく言えるのは1巻はボーイミーツガール作品であるということだ。

ロレンスと賢狼ホロの出会い、トレニー銀貨を使った儲け話(話の軸)とそれ以外に設けられたイベントの数々、そして一緒に旅をするようになる信頼関係の構築。

私にとってのボーイミーツガールの定義にはがっちり当てはまっている。

よって、今回は狼と香辛料1巻をボーイミーツガールという観点から見てみようと思う。

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