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ボーイミーツガールを研究するブログのような何か

イリヤの空、UFOの夏をボーイミーツガール的に分析する

はじめに

本稿ではタイトルにある通り『イリヤの空、UFOの夏』(以下『イリヤ』)を扱う。

イリヤ』はセカイ系を代表する作品であり、またボーイミーツガールとしても名作として知られ、ライトノベルのベストに挙げる人もいるらしい。

確かに『イリヤ』は名作であり、ボーイミーツガールとしてよくできていると僕も思う。

よくできているボーイミーツガール?

ならば分析しないと。

そんなわけでこれは『イリヤ』をボーイミーツガール的に分析した記録である。

 

出会い

夏休み最後の夜に主人公、浅羽直之が学校のプールに忍び込むとそこには先客がいた。

その女の子(イリヤ)に声をかけると、彼女は驚いてプールに落ちてしまう。

どうやら溺れてしまったらしい彼女を助けると、今度は彼女は鼻血を出してしまう。

慌てふためいた彼は何かタオルでも入っていないかと彼女のバッグを開けその中身を見る。

するとバスタオルの下には錠剤のいっぱい詰まった瓶が。

さらに、浅羽は見ていないと書かれているが、その瓶の隣には拳銃のグリップが付きだしていたと描写されている。

ここで読者はイリヤが普通の女の子ではなく、何やら訳ありなのではと思うはずだ。

それから浅羽はイリヤに泳ぎを教えることになる。

その時に浅羽はイリヤの手首に球体が埋められていることに気づく。

それに対し、イリヤは言う。

「なめてみる?」

「電気の味がするよ」

浅羽はイリヤのことを「泳ぐためにこっそり家を抜け出してきた病気がちな一応普通の女の子」だと思っていた。

しかし、このセリフの後は「普通の」という言葉が抜け、「不思議な」とか「奇妙な」といった言葉が入り込んだはずだ。

そして、その印象はパトカーのサイレンによってさらに確固たるものとなる。

二人の前に現れたイリヤの「兄貴みたいな」存在と名乗る男(榎本)。

彼に連れられて彼女は派手なお迎えとともに去っていく。

 

まるで「現実の出来事とは思えない」夢のようなひと時だったと浅羽は思う。

しかし、それから学校が始まり、転校生としてイリヤがやってくる。

あの出来事は現実だったのだ。

 

ここまでが浅羽とイリヤの出会いの場面である。

この出会いのパターンは言ってしまえば『パンを咥えた女の子と曲がり角でぶつかり、その後のホームルームで転校生紹介の際に「お前はあの時の!」となる』パターンの変化形だ。

長いのでこれを「パン型」と呼ぶことにする。

パン型の特徴として、2段階の遭遇というものがある。

パン型の原型を例に挙げると、パンを咥えた女の子と主人公が曲がり角でぶつかるのが第1の遭遇、その後のホームルームで転校生として女の子がやってくるのが第2の遭遇となる。

イリヤ』の場合、第1の遭遇を夏休み最後の夜のプールにし、加えてイリヤという存在の特殊性を表現することでありきたりなパン型からの脱却を果たしている。

それが、バッグの中身、手首に埋め込まれた球体と派手なお迎えだ。

その後の浅羽の学校生活という普通の日常を描写することで、これから浅羽の日常にイリヤが非日常を連れてくることを読者に予見させている。

そして、その予想通り浅羽の日常はイリヤによって変化していくこととなる。

 

イベント(日常編)

イリヤ』という物語は浅羽とイリヤの日常編(前半)と、二人の逃避行という非日常編(後半)に分けられる。

まずは日常編で起きた、二人の関係性に影響を与えたイベントを書いていく。

 

1巻の第2話に当たるエピソード「ラブレター」ではイリヤが浅羽の所属する新聞部に入るまでが描かれる。

イリヤは転校してきてからクラスになじめずにいる状態が続く。

理由は簡単で、勇気を出して話しかけてくれた学級長に対し、「うるさい。あっちいけ」と返したからである。

この時、イリヤは助けを求めるかのように浅羽のほうを見つめたのだが、浅羽はそれに対しトイレに行くことで逃げた。

この「トイレ」と言ってトイレに向かう場面は物語の前半では浅羽のヘタレさを象徴するシーンだが、後半では別の意味を持つ重要なシーンとなる。

それについては後述するのでこの段階では書かない。

 

その後、防空訓練の一次警報を勘違いしてイリヤが浅羽を連れて防空壕へ向かう場面がある。

榎本からの電話で本当にただの訓練だとわかった時、イリヤは小さな声で言う。

「ほんとの空襲だったらよかったのに」

「みんな死んじゃえばよかったのに。負けちゃえばよかったのに」

これはイリヤが浅羽以外に抱いている感情である。

イリヤは浅羽に対してはプラスの感情を持ち、その他大勢に対してはマイナスの感情を持っている節がある。

この振れ幅の差が浅羽に対するプラスの感情をとても大きな、かけがえのないものにしているのではないか。

それはともかく、この時イリヤが浅羽に対して「猫すき?」と聞くところで二人は初めてまともに会話をする。

それから浅羽はイリヤの手提げ袋に入っていたゲーム機をイリヤに教えてもらいながらやることになる。

ここで浅羽がイリヤの胸や声に興奮するところは何とも中学生らしく健全でいい。

中学生の男子が女の子を気になりだすのはこんなことでも十分すぎるくらいの理由になるのではないかと僕は思う。

 

さて、イリヤは浅羽の下駄箱に新聞部の入部届を入れる(ラブレターに使われる封筒で)。そこに書かれた入部理由は何か。

それと、クラスメートの噂でイリヤはもともと別のクラスに配属されるはずだったということが明かされるが、それなのに浅羽のクラスになった理由は何か。

どちらも答えは単純である。

すなわち「浅羽がいるから」だ。

学校は浅羽がいる場所で、クラスは浅羽がいる場所で、新聞部は浅羽がいる場所なのだ。

要は浅羽がいる場所にイリヤは居たいのである。

イリヤ→浅羽の好感度は恋愛感情かどうかは別にせよ、パン型の出会いを果たした時からかなり高いことが推測される。

一方の浅羽はどうかというと、イリヤからの手紙(後にただの入部届であると判明する)が下駄箱に入っていたことに対する反応を見るに、すでに気になる女の子になっていることがわかる。

なにせ6ページもかけて「落ちつけ浅羽」と考えるのである。

これが何よりの証拠だと言っても過言ではないだろう。

 

1巻と2巻をまたぐ「正しい原チャリの盗み方」では浅羽とイリヤが(新聞部部長の水前寺の命令だが)映画デートに行くことになる。

この話でのイベントは映画デートに行くこと自体である。

それと、イリヤが自分の思い出について浅羽に秘密として話すシーンがある。

秘密の共有はボーイミーツガールにおいて二人の関係性構築に役立つアイテムだ。

また、イリヤが浅羽に自分の秘密を打ち明けるということはそれだけ浅羽のことを信頼しているという証でもある。

割と書き出してみるとイベント要素は少ない。

しかし、後の榎本のセリフを考えてみるにイリヤは浅羽と映画に行くことをとても楽しみにしていたということは容易に想像がつく。

なにせ、十時の待ち合わせなのに六時から待っているくらいだ。

 

前半の日常編の要となる「十八時四十七分三十二秒」。

この話は学園祭がメインだが、イリヤは事情があって参加できなくなってしまう。

イリヤは浅羽とファイアーストームでフォークダンスを踊るのを心待ちにしていたのに。

そのため浅羽はイリヤからの電話をもらって、言われたとおりの待ち合わせ場所に向かう。

その場所にやってきたのは1機のUFO。

浅羽はイリヤの乗っているUFOとマイムマイムを踊る。

このイベントは彼らにとっての「学園祭」であり、「ファイアーストーム」なのである。

イリヤは学園祭を楽しめなかったかもしれないが、浅羽が来て一緒に踊ってくれた、それだけで目的は達成されたし、幸せだったのではないだろうか。

 

3巻の第1話「無銭飲食列伝」は屈指の名エピソードだと個人的には思っているのだが、浅羽とイリヤの関係性に変化を与えるイベントは発生しない。

この話はイリヤに友人ができるまでを描いており、イリヤが学校にだんだん溶け込めるようになってきたなーと読者としては思うのだが、次のエピソードから雲行きが怪しくなってくる。

 

イベント(非日常編)

イリヤ』において日常から非日常へと移行するその狭間のエピソードが3巻の「水前寺応答せよ」である。

この話でわかるのだが、イリヤは浅羽袋というものを持ち歩いていた。

それは浅羽の持ち物を言い方が悪いが盗んで詰めたような袋である。

それは椎名曰くイリヤにとっての「お守り」であった。

「お守り、のつもりだったんだと思うわ。どこへ行くにも何をするにも肌身離さず持ち歩いていたから。──あのね、もちろん加奈ちゃんが悪いんだけどでも怒らないでほしいの。これはそんじょそこらの第二ボタンなんかとは切実さが違うのよ、加奈ちゃんにとってのお守りっていうのは本当に生きるか死ぬかの、」

浅羽と出会うまでのイリヤと出会ってからのイリヤは違うのだ。

──今まで、お守りなんて一度も欲しいと思ったことがなかった。

伊里野はそう言った。

なぜなら、かつての伊里野は、生きて帰りたいなどとは思っていなかったからだ。

(中略)

しかし、今は違うのだ。

園原基地に爆発が起き、いよいよ浅羽の世界に異変が訪れる。

その異変に呼応するようにイリヤにも変化が生じていく。

イリヤの髪が真っ白になったり、失明したり、いつもの鼻血どころではない吐血と痙攣が起こったりなど。

その状況に対して浅羽はどうすることもしてやれず「自分には、何の力もないのだ」と無力感を覚える。

しかし、見るに見かねた浅羽はイリヤを連れて逃げることを決める。

この時イリヤから自分の体に電波虫が埋め込まれていることを聞いた浅羽は「トイレ」と言ってトイレに向かう。

このシーンは1巻の「ラブレター」で浅羽が「トイレ」 と言ってイリヤの視線から逃げ出したシーンとの対比である。

1巻では浅羽のヘタレさを象徴するシーンだったトイレだが、この話では逆に浅羽の覚悟を象徴するシーンである。

自分の肉を抉り、電波虫を取り出す場面は読んでいて非常に痛々しい。 

そして、いよいよ逃避行、非日常が始まる。

 

二人は逃避行の中で休息の地を見つける。

それが使われていない学校である。

そこで二人は浮浪者の吉野、猫の校長と共に暮らすことになる。

しかし、それはつかの間の休息でしかなかった。

浅羽のいない隙に吉野はイリヤに襲い掛かる。

この場面は浅羽の自慰行為との対照が描かれており、浅羽の無力さが際立って見える。

吉野の通報によって学校が使えなくなり、二人は再び逃避行を始めようとする。

だが、自分の無力さを痛感した浅羽は自棄になりイリヤを突っぱねてしまう。

その言葉によってイリヤを支えていた柱がぽきりと折れてしまった。

浅羽にとっては極限状況の中でのひと時の気の迷いだったのかもしれない。

しかし、言ってしまってからでは遅かった。

イリヤは記憶退行を起こし、浅羽を浅羽だと認識することができなくなってしまう。

ここは大きな、非常に大きなマイナスイベントである。

これを再びプラスに戻すにはちょっとやそっとのイベントではびくともしない。

浅羽はそんなイリヤを何とか連れて父の両親の家へと向かう。

そこでは祖父母のほかに榎本が待ち受けていた。

 

榎本の言葉によって浅羽は無力さを痛感する。

イリヤ』では主人公の(覚悟はあれど)無力さが徹底的に描かれている。

この無力な主人公というのはセカイ系でよく描かれているパターンだなと思う。(あまりセカイ系に詳しいわけではないが)

ここで浅羽は世界がどうなっているのかを知る。

世界に滅亡が迫っている、イリヤが世界の運命を握っている唯一の存在であると。

 

そして、浅羽は戦いに赴くイリヤの元へと向かう。 

そこで浅羽はついに自分の思いを打ち明ける。

「ぼくは、伊里野のことが好きだ」

「ずっと伊里野のことが好きだった。毎日毎日、伊里野のことばっかり考えてた。伊里野が学校に来ない日は伊里野のいない机ばっかり見てた。伊里野が学校に来た日はそれだけで幸せだった。初めて夜のプールで会った時からずっと、今日までずっと、ぼくは伊里野のことが好きだった。これからもずっと好きだ」 

イリヤ』はこの言葉を浅羽に言わせるために4巻もの時間を費やしたのだ。

中学生男子がこの言葉を言うためにはそれだけの期間が必要だったのである。

それに対し、イリヤは答える。

「わたしも他の人なんか知らない。みんな死んじゃっても知らない。わたしも浅羽だけ守る。わたしも、浅羽のためだけに戦って、浅羽のためだけに死ぬ」

これ以上ないくらいにプラスイベントである。

愛の告白は最大の関係性向上イベントではないだろうか。

互いが互いを好きだと確認したことで、イリヤは戦いへと向かう。 

 

イリヤは空へ、UFOの夏が終わる。

 

まとめ

長々と書いてきたが、浅羽とイリヤの関係性の変化は簡単に述べると4つのステップに分けられる。

 

1.出会い(イリヤに浅羽というかけがえのない存在ができる。浅羽にとってもイリヤは気になる女の子となる。初期値プラス。)

 

2.日常編(二人の関係性安定的に向上。プラス)

 

3.非日常編(浅羽がイリヤを突き放してしまう。大きくマイナス)

 

4.告白(限りなくプラス)

 

要は起承転結のような関係性の変化である。

ここで僕のボーイミーツガールの定義を書かせていただくと、ボーイミーツガールとは『二人が「出会い」物語が始まり、「イベント」をこなすことで、「信頼関係」を構築する物語』である。

イリヤ』は最終的にこの要件を満たしている。

 

おわりに

この物語の結末をハッピーエンドと言えるかは意見が分かれるところだと思われる。

それはともかくとして、『イリヤ』に見るボーイミーツガールの形として出会いに始まり、別れで終わる物語はある種の王道をなぞっている感じがある。

ネットの大海原を漂流していると、様々なその人なりのボーイミーツガールの定義と出会う。

その中に、出会いに始まり別れに終わる物語こそボーイミーツガールであるという意見もあった。

そんな意見が生まれるということは、そういうボーイミーツガールが数多く存在するということだろう。

しかし、『イリヤ』をライトノベルの最高傑作に挙げる人がいる理由はその中でも一際魅せられる作品であるからだと思う。

セカイ系青春ボーイミーツガールの名作として『イリヤ』はこれからも色あせることはないだろう。

発売からだいぶ経った今でも僕のようにこうして語りたがる人がいるのだから。