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ボーイミーツガールを研究するブログのような何か

とある飛空士への追憶をボーイミーツガール的に分析する

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はじめに

本稿では犬村小六著『とある飛空士への追憶』(以下『追憶』)を扱う。

『追憶』はライトノベルの名作として知られ、コミカライズ・映画化がなされた。(どうも映画版はなかったことにしたほうがいいような感じらしいが)

そんな『追憶』であるが、このように記事にして扱うということは皆さんどのような話か察しがついたかもしれない。

そう、ボーイミーツガールである。

それも「切ない」「身分差」「ボーイミーツガール」である。

おいしい要素が詰まっている。

前評判が高かったため期待しながら読んだが、その期待を裏切らない名作であった。

本稿では僕にとってのボーイミーツガールの定義、すなわち「出会い」・「イベント」・「信頼関係」という3つの観点から『追憶』を分析していく。

ちなみにガガガ文庫版を扱う。

 

出会い

主人公である狩乃シャルル(以下シャルル)とヒロインのファナ・デル・モラル(以下ファナ)のファーストコンタクトは二人がまだ幼かったころの話である。

シャルルは母親とともにファナの家の敷地に暮らしていた。

天ツ人とレヴァーム人のベスタド、いわゆるハーフであるシャルルは社会の最下層に位置する人間であり、迫害を受けていた。

ある日、シャルルが迫害に耐えかねて唯一の友人である豚をいじめていたところにファナが現れる。

社会の頂点に君臨する身分にもかかわらずファナはシャルルを慈しむように抱きしめてくれた。

その思い出だけがシャルルの幼いころのまともな記憶だった。

 

それから時を経て傭兵の飛空士となったシャルルに思わぬ仕事が舞い込む。

「次期皇妃を水上偵察機の後席に乗せ、中央海を単機敵中翔破せよ」

次期皇妃とはファナのことである。

二度と会えないかと思っていた遥か遠くの存在であるファナと再び出会える。

ろくでもない人生の中で誇れる仕事を、それもかつて助けてくれたファナのために成し遂げることができるのなら、と。

かくしてファナを無事に送り届けるための任務をシャルルは遂行することとなった。

そして、飛行服に身を包んだファナと再び出会う。

しかし、ファナは記憶の中のおてんばな少女ではなく、生気のない目をしたろう人形のような印象の姿だった。

 

『追憶』では仮のミーツと真のミーツとの間に時間的距離がかなりあるが、物語的距離で考えると割と近く、物語の序盤に配置されているため、本作は「出会って始まる物語」に分類される。

であるからして、仮のミーツと真のミーツとわざわざ分ける必要はなく、二段階式の出会いと書いたほうがいいかもしれない。

第一段階が二人が幼いころ、第二段階が成長してからの出会いである。

こうした出会いのパターンを仮に「再会型」と名付ける。

このように大きな時間差のある出会いによくみられるものとして、再会したヒロインがかつてとは変わっているというものがある。

例えばかつては妹のような存在だったヒロインが成長して魅力的な女性になったりだとか、前は明るかったヒロインが久しぶりに会ったら暗くなっていたりといった感じだ。

本作では、お転婆な少女だったはずのファナが、生気のない目をしたろう人形のような様子になっている。

 

イベント

ファナを乗せてシャルルは空へと飛び立つ。

彼女の感情を殺した様子を見て、シャルルは幼いころの活発だったあのころとはまるで別人のようだと思う。

そんなファナは、重臣からの言いつけではじめは「はい」か「いいえ」としか返事をしなかったが、次第にシャルルに心を開いていく。

初日の休憩時、トイレをしたいと示したファナに対して、シャルルが飛空士流のジョーク(いわゆる下ネタ)を返すと、彼女は「不躾者」と赤面してビンタをかます。

それを受けて、シャルルはファナが本質的には昔とあまり変わっていないことに気づき、そのことをうれしく思う。

その後、ファナがおぼれかけて水着に着替えることになったり、それを見てシャルルが邪な感情を抱いたりして初日は終わる。

 

飛行機の後部座席に乗って敵機の見張りをする。

そして見つけたらシャルルにそれを報告する。

そうしてシャルルとやり取りをすることをファナは楽しいと思うようになっていた。

ありのままの感情をぶつけてくれることが新鮮だったからだ。

ファナはシャルルの声をもっと聞きたいと思うようになる。

ここはファナがシャルルに心を開こうとする気持ちのほころびが見える箇所である。

ファナの見張りのおかげもあって二日目は問題なく終わる。

 

三日目。

朝の出来事がきっかけで二人は気まずい空気の中飛行をする。

何があったかというと、シャルルのシャルルがお元気であらせられたのをファナが勘違いしたというものである。(男はほら、朝のあれはしょうがないじゃないですか)

そんな空気は、しかし敵との遭遇によって打ち消される。

待ち受けていた敵艦と戦闘機14機が二人の乗るサンタ・クルスに襲い掛かる。

シャルルが頑張っているのに自分は何もできないということをファナは痛感する。

限界の飛行の中で敵の攻撃を避けきれずシャルルは負傷するも、何とか逃げ切ることに成功する。

この戦いの中でシャルルはファナのことを「お嬢様」ではなく「ファナ」と呼んでいる。

呼称の変化、これもまたボーイミーツガールにおける重要なイベントである。

しかし、次の日になると再びシャルルは「お嬢様」という呼び方に戻る。

それをファナは不服そうに思う。

一時的とはいえ親密な呼び方になったというのは関係性の向上に影響していると思われる。

戦い、つまり危機的状況を乗り越えるという経験を両者が「共有」したことによる吊り橋効果的なものがここで働いたのではないだろうか。

 

ファナは血まみれのシャルルに応急処置を施す。

シャルルに助けてもらった命をもはや一度死んだようなものだと考え、彼女は生まれ変わることを決心し、髪をばっさりと短くする。

眠るシャルルに彼女は言う。

「あなたのおかげで生きてる」

そう言ってから彼女の中にある想いが芽生える。

 胸の奥が一方的に締め付けられて、たまらなく痛い。その痛みから正体のわからない感情のかたまりが絞り出されてきて、ファナの内側へ満ちてゆく。

 それはファナが生まれてはじめて経験する、苦しいけれども甘く、苦さと心地よさを併せ持った感情だった。

そして、シャルルのそばで横になり、彼の名を呼ぶ。

彼を抱きしめたいと思いながらそれをすることはせずに、彼女は顔を赤らめ自分の鼓動を聞き、眠りにつく。

読者側はこの時のファナの感情の正体がわかるだろう。

つまり、恋愛感情である。

ここでファナは命懸けで自分のことを守ってくれたシャルルに恋をしたのではないかということが推測される。

このときのファナ→シャルルの関係性の変化は大きい。

その理由としてはやはり命の恩人であるというのが強いだろう。

自己犠牲、救済といったイベントは、ガール側がボーイ側に(逆の場合もある)好意的な感情を向ける要因のなかでも比較的印象強く作用することがよくわかる場面である。

 

夜が明ける。

島で二人はしばし幸せなひと時を過ごす。

そんな時間の中で、シャルルは夢を思い描く。

後ろの席にファナを乗せてどこまでも飛んでいきたいと思う夢を。

だが、彼は思いあがるな、と自分に言い聞かせてその思いを押さえつける。

山に登って、二人は昔話をする。

そこでファナはシャルルの母親の話を聞いて涙する。

それを見て、シャルルはファナを命にかけても送り届けることを決意する。

しかし、同時に彼の中にある感情が芽生える。

それは皇子への嫉妬心である。

言わずもがな、この気持ちはシャルルがファナに恋心を抱いているということでもある。

自分に言い聞かせるようにそんな感情を抱いたことを自嘲するも、シャルルはファナを想う気持ちをとめることができない。

酔うことで無理やり彼は眠りにつく。

このシーンからわかる通り、二人はすでに両想いとなっている。

 

次の日。

二日酔いのシャルルは万全を期すために飛行を先延ばしにすることをファナに伝える。

それを聞いてファナはもう一日この島で二人きりでいられる、と満面の笑みを浮かべる。

食事の時間にファナは正直な気持ちをありのままに打ち明けようとする。

──シャルルとずっと一緒にいたい。

カルロ皇子も、デル・モラル家も、皇妃という未来も、何もかも投げ捨ててサンタ・クルスの後席に乗り、シャルルと背中を合わせてずっと飛べたら──。

しかし、シャルルはそれを言われる前に察してはぐらかす。

ファナはその対応にカチンときてウイスキーをぐいっと飲み、酔っぱらってしまう。

悪酔いしたファナは、妖艶になったかと思えば子供のようになったりとシャルルを戸惑わせる。

すったもんだあって二人は見つめあう。

その時、お互いの瞳に宿った感情、いわゆる想いは類似していた。

だが、それはあってはならない感情であることをシャルルは知っていた。

内側から起こる誘惑を振り払うように、彼は「ファナを皇子のもとへ連れていく」 と自分に言い聞かせる。

確実に二人の距離は限りなく近い状態にある。

しかし、一線を越えてはならないためこれ以上縮まることをシャルルは阻止したのだ。

 

次の日。

戦いをファナのおかげで乗り切ったシャルルは見事任務を成功させた。

最後の夜を過ごした後、飛空戦艦が二人を出迎えにやってくる。

シャルルは報酬である砂金を受け取る。

一緒に連れていくようにとファナは言うが聞き入れられず、二人は引きはがされてしまう。 

しかし、シャルルは最後にちゃんとした別れをとサンタ・クルスに乗ってファナのいる戦艦へと飛び立つ。

そして、ファナのために飛行機を操り報酬の砂金をばらまきながら空中で踊って見せる。

最後の一瞬を永遠の思い出にするために。

ファナは涙をこらえて、初めて恋をした相手に笑顔で手を振る。

シャルルは遠くの空に消えていく。

ファナは自分の運命を受け入れ、前に進んでいくことを決意する。 

感動的な別れのシーンである。

こう淡々と端折りながら書いているせいで『追憶』の良さは100分の1も伝わらないと思うが、それでもここが感動的なシーンであるということだけは伝えておきたい。

 

信頼関係の構築

さて、『追憶』において二人の信頼関係は構築されたのだろうか。

任務の中で行われる出来事は陸での日常パートと空での非日常パートに分けられる。

日常パートで育まれるのは恋愛関係で、非日常パートで育まれるのは相棒関係である。

二人の恋愛は最終的には結ばれない。(ここで言っているのは恋愛関係ではなくあくまで恋愛である)

しかし、相棒関係は結ばれている。

それがわかるのが二回目の空戦で危機的状況から敵を撃墜したシーンである。

一回目の空戦の後、ファナは少しでも役に立てるようにシャルルから機銃の打ち方を教わる。

その伏線が活かされるのがこのシーンであり、シャルルとファナの信頼関係が結ばれていなければ失敗していたところであろう。

つまり、相棒関係という信頼関係は構築されている。

また、 二人の恋は実際には結ばれなかったとはいえ、最終的にお互いの気持ちには気づいている状態であり両思いであったことは確かである。

最後の別れのシーンでファナが手を振るところでは、いわゆる初恋をありがとう的な描写がなされている。

そして、ファナは自分の運命を受け入れ前へ進むことを決意している。

期間限定の恋愛関係であったが、それを通じてファナは成長を遂げたと言える。

ひと時の恋だったが、それが昇華され成長へとつながったということはこれもまた信頼関係の構築があってこそである。

よってシャルルとファナは二つの信頼関係を構築したと言っていいだろう。

どちらの信頼関係も別れによって解消されるが、構築されたという思い出は最後の別れの光景とともに二人の心に残り続けるはずである。

 

おわりに

こうして『追憶』を分析してみると本作も出会い、イベント、信頼関係の構築とボーイミーツガールの3要件を満たしている。

そのため、僕のボーイミーツガールの定義に当てはまるボーイミーツガール作品であることがわかった。

『追憶』で特徴的なのが二人の心理描写がうまく描かれていることである。

詳しく二人の関係性の変化を抜き取っていったら引用だけで数万文字かかってしまうほどに。

今回記事を作成するにあたってどこを抜き出していけばいいのか非常に悩んだ。

それくらい心の機敏が描かれている。

だからこそ、ついつい感情移入して最後のシーンで涙腺が緩んでしまう。

そんなよくできた切ない系ボーイミーツガールであると感じた。

本作が名作であることは間違いないだろう。

 

おまけに

本作は優れたボーイミーツガール作品である。

そこで、どうして優れているのかを自分なりにいくつか挙げてみようと思う。

 

一つは出会うはずのない二人が出会うという物語であるからだ。

身分の頂点に君臨するファナと、底辺に属するシャルル。

普通に暮らしていればまず出会うどころか近づくことすらないはずである。

そんな二人が運命的な再会を果たし、数日を共にするのだ。

お互いが非日常的な存在であるが故、二人は惹かれあっていったのではないだろうか。

 

次に期間限定の関係であるという点である。

どれだけ親しくなろうともそれは任務中だけの関係。

出会いに始まり別れに終わるのはボーイミーツガールの王道だが、期間限定であるということが初めからわかっているからこそ、別れの時がはっきりと近づくにつれ想いが打ち明けられていったのではないだろうか。

 

最後にあってはならない関係であるという点である。

どれだけ仲良くなろうとも、お互いの気持ちが通じ合っていても、二人は結ばれることを許されない。

それは禁忌なのである。

だからこそシャルルはファナを好きでいながらどこまでも一定の距離を保ち続けた。

このもどかしさ、読んでいる側は切ない。

だが、それがいい

 

以上おまけ。

拙い分析、文章ですが最後までお読みいただきありがとうございました。

 

参考にしたサイト

raitonoberu.com

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)